自分を受け入れる

ネガティブの連鎖

不思議なもので、感情は他の感情と同調します。とても嬉しいニュースを友達が話してくれた時には、それを聴いた人も楽しい気持ちになりますし、悲しいニュースなら聴いた人も悲しくなります。
それは感情だけでなく、思考も同調します。ポジティブシンキングの人の周りには、ポジティブシンキングの人が集まり、ネガティブシンキングの人の周りにはネガティブシンキングの人が集まります。何故なら波長が合うからなんです。人は自分と同じ波長を無意識に探しています。それが心地良いからです。波長が合わない人と一緒にいると、なんとも言えないような落ち着かなさや、ソワソワ感があるものです。

ということは、自分の波長を変えれば周りにポジティブを集めることもできるんです。そのために必要なことは、今の自分自身がポジティブなのかネガティブなのかを知ることなんです。ネガティブと感じた時は、心か体、または両方が疲れている時です。ゆっくり静養をしましょう。

ポジティブな感情もネガティブな感情も連鎖を起こします。イライラした次には人間関係のトラブルが起こり、そして悲しみを生みます。全てが一直線で繋がってしまうんです。そして最後に心の中でこう叫びます。
「こんなはずじゃなかった」
「本当はそんな事望んでいなかったのに」
ネガティブの連鎖は大抵の場合、本心とは逆の方向に展開をしていきます。自分が望んでいない結果にひたすら突き進んでしまうんです。

もし、今現在の自分がネガティブな状態であると知ることができたなら、現在の行動が本心とは逆の行動であるという事も同時に分かることができます。そしてネガティブな自分に強く言い放つことができます。
「これは私の本心ではない!」
この瞬間にネガティブの連鎖がストップします。流れを止めることができたんです。

ポジティブシンキングに生まれ変わる方法の一つは、「ネガティブな自分に気が付く」ことなんです。前に書いた「感情日記」も有効的な方法です。「私は今ネガティブになっている」そう感じた瞬間、今行動しようとしていることが、本当に自分が望んだことなのかどうかを冷静に考えて見てください。そうすることで、ネガティブの連鎖を食い止めることができます。その繰り返しをしているうちに、自然にポジティブシンキングの自分に生まれ変わり、周りの環境もポジティブに包まれるようになってきます。

あなたの心の声を、あなた自身がしっかりと聴くことなんです。

| | トラックバック (0)

「思っていたよりも」が実は多い

 理想と現実は違います。理想はイメージ(想像)の世界です。つまりイメージと現実は違うということになります。イメージは現実よりも増幅した世界になることが多いです。例えば宝くじが当たったらというイメージをすると、とても楽しく現実では中々実現しないであろう事柄が思い浮かぶと思います。
それと同じで、「恐怖」等のネガティブな感情もイメージの世界では増幅します。特に初めて挑むような事柄に関しては、恐怖のイメージはとても大きくなることと思います。

最初に書きましたが、イメージと現実は違います。自分が感じた恐怖というのは、現実で必ず起こるとは言えません。実際それにチャレンジしてみたら、「思っていたよりも大したことがなかった」という事がとてもたくさんあるものです。しかし、行動しない限り、その恐怖は時間ともに増幅してしまいます。

「思っていたよりも」という言葉を心の隅に置いといてください。そして新しく行う行動に恐怖を感じることがあった時に、どうか思い出してみてください。なぜ恐れるのか、それは「行動しないから」なんです。理由はそれだけだったんです。考えれば考えるだけ恐怖のイメージは増幅してしまいます。

思ったよりも私達の人生は悪くはならないものなんです。

| | トラックバック (0)

悲しい時は悲しい音楽を

悲しい時には、その悲しみを紛らわすために明るい音楽を聴いたりする人が多いと思います。しかし、それは逆効果の事が多いです。
音楽療法の分野では「同質の原理」という言葉があって、今現在の自分自身と同調する音楽を聴くほうが効果的と言われています。
悲しい時に悲しい音楽を聴くと、音楽と心が自然に同調します。そして涙がバッと溢れてきそうになるはずです。その時に、思いっきり泣くことなんです。いっぱい泣いていっぱい泣いて、その悲しみを消化してしまいましょう。

悲しい時に無理に明るい音楽を聴くと、心と音楽の状態に差がありすぎて、エネルギーを消耗してしまいます。心はなんとか同調して合わせようと頑張るからです。そして疲れてしまいます。どうか心に無理をさせないでください。自然に波長の合う音楽を聴かせてあげればそれでいいんです。

いっぱい泣いて、その後いっぱい笑えばそれでいいんです。

| | トラックバック (0)

感情日記を付けてみる

自分を知る一つの方法があります。感情日記を付けてみることです。
夜寝る前に、今日一日の元気度を日記に書きます。「元気がない」「普通」「元気」この三つの項目を、「この時間帯は元気だったな、この時間帯は普通だったな」という感じで二週間くらい日記を付けてみてください。また項目は自由に追加しても良いです。「イライラ」とか「ソワソワ」等自由に追加してみましょう。
そして、その状態の理由も書くようにしてください。「元気がない」だったら、「仕事でミスをして説教をされたから」みたいな感じです。
二週間くらいそれを続けると、驚くほど自分の事が見えてきます。普段私達は自分がどういう感情の波で生活しているかを特に意識していません。しかし、それを毎日記録することにより、自分の過去の感情の流れが客観的に見えてくるんです。

それぞれの項目に目を通してみます。例えば「元気」という項目だけをズラっと見てみると、自分がどういう時に元気な気分になるかが分かります。同じく「元気がない」なら、例えば「仕事でミスをする以外にも、夜中になると元気がなくなることが多いな」というように、意識していない自分の傾向が見えてきます。
そして、日にちによる傾向も分かります。「二日間元気な日が続いたら、三日目は普通か元気がない感情になっていることが多いな」という具合です。

その傾向が見えてくると、次に対策ができるようになります。「イライラした時は、平均すると二時間くらい続いて元の状態に戻るから、今度イライラした時は意識して二時間くらいは散歩して他人に会わないようにしよう」とか、「私は夜になると気分が落ち込むことが多いから、早寝をして朝早く起きるようにしよう」などなどです。

自分の事は、分かっているようで実は分かっていないものなんです。その理由は自分自身を観察していないからです。自分がどんな人間で、何を好んで、何を不快と思うのか、そしてどんな時に元気になって、どんな時に落ち込むのか。じっくり観察してみてください。

| | トラックバック (0)

辛いことは想い出そう

「辛いことは忘れなさい」とは、よく言われる言葉ですが、辛いことを忘れることなんて不可能です。忘れたと思っている辛いことは、実際は心の隅に閉じ込めているだけなんです。それでは苦しくなってしまいます。
ではどうすればいいのか。逆に想い出してしまえばいいんです。
過去の辛い体験を想い出してみましょう。映画だと思ってその時の状況を心の中で上映してください。そこには、辛いと感じたあの日の自分がいます。その時主人公は何を感じたか、どんな状態にあったか、しっかりと見てください。そして、その主人公に優しく言ってください。
「辛いね。苦しいね。泣きたいね。頑張ったね。あなたはとても頑張ったね」
そして手を差し伸べて、抱きしめてください。

 今ここに自分が生きていられるのは、その映画の主人公がいたからなんです。主人公が辛い想いを抱えて、涙を流して必死にその時を乗り越えたからこそ、今の自分がいるんです。主人公は自分にとって命の恩人です。その主人公の辛さや悲痛な叫びや涙全てをあなた自身が抱きしめて受け止めてください。

辛いことを忘れるなんて事はできません。辛い記憶は自分自身に「お願いだから抱きしめて」と哀願をしています。辛い記憶を忘れようとする時、私達は重たい鉄の壁でその気持ちを心の奥深くに閉じ込めてしまおうとするのです。彼らはひたすら悲しみに打ちひしがれるでしょう。そして、あなたに理解されたくて必死にもがいて外に出ようとするんです。あなた自身がさらに分厚い壁で閉じ込め続けようとするから、さらに辛くなるんです。

扉を開けましょう。彼らを外に出してあげましょう。そして、笑顔で抱きしめてください。頭を撫でて、「頑張ったね、辛かったね」と声をかけてください。すると、彼らの悲しみや涙は、ほっと安心した笑顔に変ります。そして二度と暴れることはないでしょう。

あなた自身の声を閉じ込めてはいけません。耳を傾けて、たくさんたくさん聴いてください。

| | トラックバック (0)

本当に「悪い事」ですか?

昔こういうやりとりをしたことがあります。
「最近毎日辛くて、悲しくて、夜になると泣いています」
すると、意外なことを言われました。
「それは、悪い事なんですか?」

私は一瞬、「へ?」と拍子を抜けた反応をしてしまいました。
自分の中では、とても悲観的な行動だし、良くないことだと無意識に思っていたからです。
しかし、相手にそう言われて冷静に考えてみると、よく分からなくなりました。

「あなたは今辛くて悲しいから、夜になると涙を流している。それはとても自然なことじゃないですか。涙には悲しみの浄化作用があります。毎日涙を流しているうちに、今日は30分泣いた、明日は15分で泣き止んだ、明日は……というように、日々その悲しみは浄化され、最終的にはそれを乗り越えられるようになれると思いませんか?」

その言葉に「なるほど」と納得をしてしまった。
悲しい時に涙が出るのは当たり前の事。
涙はその時の心の状態を表しているし、同時に浄化もしようとしている。
その悲しいという状態を「悪い事」と勝手に判断して、自分を「なんてネガティブな人間だ」と悲観する必要はないという事なんです。

涙が出たのなら、むしろもっと泣いてやればいいんです。
それと同じように、楽しいと思った時には、心から楽しいと思うことなんです。

もしも自分自身に対して「悪い」と思うことがあった時、考えてみてください。
「それは本当に悪いことなのか? むしろ必要なことなのでは?」と。
そう考えるようになると、自分自身に対して「悪い」と思うことが特になくなってくるんです。

そこで私が気が付いたのは、
「私自身を否定しているのは、私自身なんだ」ということ。
そして同時に
「私自身を肯定するのも、私自身なんだ」ということにも気が付きました。

私なりの自己受容の考え方はとても単純です。
自分の良いところを見つけるということはしないで、「自分の悪いと思っているところを本当に悪いのかもう一度考えてみる」それだけなんです。
あらたまって考えてみると、案外悪くないものなんです。
むしろ、自分自身を形成している重要な個性であり、スパイスだったり、エッセンスなんです。

そしてその考え方は、自分だけではなくて、他人だったり、出来事だったりあらゆるところに応用できます。
自分自身を受け入れることによって、あらゆることに対する尖った気持ちが丸くなった感覚を覚えました。

あなたが悪いと思っていることは、本当に悪いことなのでしょうか?
もう一度考えてみてください。

| | トラックバック (0)

「0か100か」で考えていませんか?

 正義や悪、白や黒、0や100。
世の中には両極端に物事を別ける言葉が多く存在します。
これらは二極論と言われることがありますが、実際のところはどうなんでしょう?

0や100があるのだったら、50や60があるはずです。
白や黒があるのなら、灰色だったり、その灰色も黒に近い灰色や、白に近い灰色があるはずです。そしてそれらは無限大です。

 世の中はどうしても、両極端に物事を判断することを求められます。
しかし、物事のほとんどは両極端には判断できないものなんです。
両極端に判断できない事を、無理やり両極端にしているから、心が苦しくなってしまいます。

「良い・悪い」「正義・悪」これらは、時と場所と人によって内容が変ってきます。
日本では銃を持つことは、警察等の特別な立場にいる人しか所有できません。
一般の人間が所有をしたら、銃刀法違反で犯罪になります。
しかし、アメリカはどうでしょう?

一昔前は、天皇陛下は神であり、それに背く思想を持つことは悪とされました。
しかし、今はどうでしょう?

ゴッホの絵画は彼が生きている間は「醜い絵」と酷評されていたそうです。しかし、今はどうでしょうか?

物事は、「良い・悪い」のように、簡単に二つに別けることはできません。
そして、日々変化しています。
常に一定ではなく、変化し続ける物事を、無理やり極端な方向で固定する必要はないんです。


 もしあなたが苦しい・辛いと思うとき、自分自身を「悪い」「価値が無い」「醜い」と、極端な結論に固定していませんか?
0もあれば、10もあるし、45もあるんです。
そしてそれらは日々変化するのです。

もし、今日のあなたの心の状態が10だとしても、明日は5になることも80になることもあるんです。それはどんな人にでも起こることで、今更気にすることはありません。海は時間と共に潮の満ち引きを変えたり、風は強く吹く時や、穏やかに吹く日もあります。物事は常に一定ではありません、常に流れているんです。それは心も同じ。
潮の満ち引きや、風の流れを普段意識して0か100かの二つに別けることは不可能です。同じようにあなた自身も別けることなんてできません。

「良い・悪い」「白・黒」たった二つの言葉に、あなた自身をカテゴライズしないでください。
それは、とても無理があるんです。心が無理を感じてしまっているから辛さを感じてしまうんです。

あなたには無限の色があります。そしてそれは日々変化しています。
今の状態は今でしかありません。では明日は何色になるか、ただ楽しんでみてください。

| | トラックバック (0)

“諦める”と”明らめる”の違い

 ある日“あきらめる”という言葉には、二つの意味があるというお話を聞きました。
一つは”諦める”。もう一つは”明らめる”。
“諦める”は、物事を断念する・終わらせること。
“明らめる”は、全ての事を知ること・受け入れること。

 私は大学時代に一年間右手を麻痺した経験があります。
事故などによって神経が傷ついたわけではありません。
寝方が悪くて、手が痺れるの大げさなパターンのようでした。医者も当初は数日で感覚が戻って、動くようになるよと言ってくれました。
しかし、数日経っても、数週間経っても、2ヶ月経っても右手は動くどころか、一切の感覚は戻りませんでした。
医者も「どうして回復しないのかが分からない……」と、困惑するばかり。
ついに、大学病院の整形外科へ紹介状を書かれて、通院することに。

 目が覚めた時に右手が動かない、ただの肉の塊がぶら下がっている状態になっているんです。医者も何故動かないのか原因も分からないし、治るのか治らないのかも分からない。私は毎日右手を抱いて悲観していました。

 しかし、時間は平等に流れていきます。療養中であっても、日常生活は続けなくてはいけません。朝起きてシャワーに入って、着替えをして、ご飯を食べてetc…いつもしていた当たり前の生活をしなければいけません。
片手が使えなくなって初めて、両手が使えないことへの不便さを実感しました。
利き腕が右手だったこともあり、その不便さは多大です。
服を脱ぐこと、着ること、箸を持つこと、片手で食事をすること、靴の紐を結ぶこと、爪を切ること、パソコンのタイピングをすること、いつもできていたあらゆることが、困難になりました。でも、片手でこなさなくてはなりません。家族や知人に手伝ってもらったりしながら、なんとかこなしました。

 でも人間って面白いもので、適応してしまう生き物なんです。
3ヶ月経った頃には、一人で着替えをして、包丁とフライパンで料理をして、外出して買い物をして、パソコンも左手でブラインドタッチをして、ピアノまで弾いていました。
ただ違うのは、両手で行うよりもスピードが遅いというくらいです。
その頃になったら、左手が使えない事への不便さ・悲観の思いは、ほとんどなくなっていて、むしろ
「動かないものはしょうがないじゃん。片手だけで普通に生活できてるんだからそれでいいじゃないか」と思うようになっていました。

 私は右手を麻痺してからの3ヶ月間は、その状況を受け入れることができず、悲観ばかりしていました。しかし、その状況を「明らめる」つまり、受け入れることにより、心が晴れたような気持ちになりました。
明らめた途端、驚くべき出来事が起こりました。
今までどんな検査をしても一切反応しなかった右手の神経が反応を示したのです。
当初は治療打ち切りの話しまででて、障害者認定の手続きにも入ろうかという話しになっていたのですが、驚いた大学病院の医者は治療の続行を勧めてくれました。
それからは、本当にゆっくりですが、右手の神経が徐々に回復していき、一年後には日常生活には支障がない程度まで回復、今ではほぼ完璧に動くようになりました。

 私が言いたいのは、「明らめる」自分を受け入れることによって、神経が回復する可能性があるということではなくて、心の持ち方が変るということ。そして、心の持ち方が変るということが最も大切ということです。
明らめてからの私は、片手でも誰よりも笑っていましたし、むしろ生き生きしていました。
麻痺が回復したのは運が良かっただけかもしれません。

 自分自身の今の状況・状態・環境、それらを自らが否定しないでください。
逆に受け入れてみてください。
何故苦しいか? それはあなた自身が自らを否定しているからなんです。
少し落ち着いて、深呼吸をして、「これでいいじゃないか。だったら、今できることでベストを尽くせばそれでいいじゃないか」と、自分の心に言ってみてください。
その瞬間、今まで苦しんでいた心がスッと楽になって、新しい視野で物事が見えてきます。
そして新しく見えてきた世界というのは、今まで体験したことないくらい、輝いているものなんです。

| | トラックバック (1)

その他のカテゴリー

はじめに | 自分を受け入れる